移植入院

■9月29日(金)移植6日前

今日の午後入院とあって、朝からやはりバタバタ状態でした。
にもかかわらず しっかりサポートセンター(パソコンの件)に電話しました。
するとこんなことが我が家だけではなく、最近たびたび同じ症状の人があるそうです。
結局キーボードがいけないことになり、新しいのを送ってくださるとの事でした。
でも届くのは10月7日です。 そう 退院できそうな日です。(ーー;)残念!!
まだ今年 息子に高校入学のお祝いとして 買ったばかりのパソコンなのに・・・・・

そんなことをいつまでも考えている間もなく、とにかく早く出かけなくては・・・・
今日は主人が休みをとってくれました。 電車でも行くからと 言っては見ましたが、やはり休んでもらえてとてもうれしかったです。§^。^§
義父母にはとても迷惑を掛けることになり とても申し訳なく思います。
また主人の祖母が寝たきり状態ですし、間に合わない私でも いないとなると義母も大変です。 みんな1週間変わりなく過してくれるよう願わざるを得ません。

病院に着くと 手続きをして、部屋に案内されました。 荷物を片付け 看護婦さんから色々な説明を受けました。 その後採血を受けました。
結果は 少し貧血気味でしたが、薬を飲まなくてはいけないほどではないようです。

兄と食堂で夕食を摂りました。兄は食欲がなく全く手をつけません。気の毒です。
驚いたことは兄のトレーにデザートとして10切れ入りのパイナップルの缶詰があったことです。???!!!なんとなく食欲がなくなるのも無理はない気がします。
私の食事は普通食です。 でもこれが普通食であるならば 普段いかに私は食べ過ぎていたかが解りました。 反省反省。

■9月30日(土)移植5日前

 いよいよ今日は兄がクリーンルームに入る日です。
午前9時頃胸にさしてある管付近の消毒を済ませ、お風呂に入りました。最初普通に全身を洗い、その後10分間イソジン液のお風呂に入っていました。(しっかり看護婦さんがタイマーで計って見えました。)そして消毒済みのタオルで拭き、消毒済みのパジャマを着て マスクをはめ 消毒済みのシーツ2枚を頭から覆い 消毒済みのスリッパを履き クリーンルームへと入っていきました。 それから1時間ほど 先生たちがいろいろ中でされていました。
そして義姉と共に中にいる兄とインターホン越しに話しました。 今まで当然のように面と向かって話せていたのに・・・とても寂しい思いです。
配膳台に並んだ兄のトレーを見ますと、しっかりアルミフォイルで覆われ、何か高級料理のように見えました。 が 兄に言わせると とてもおかしなもので、食欲がないのもあって全然手付かずで返すそうです。 これは細菌が入らないように 誰も覗くことも出来ません。 料理された方も 出来具合の確認も出来ないそうです。 こんな料理がいつまで続くのでしょうか。
夕方も兄を覗いてみましたが、今日は一日寝ていたそうです。 あんなに無理を言ってクリーンルームに入れたパソコンも 殺菌後 壊れていないかの確認もまだしていないようです。
今日から抗がん剤も入り 歯を磨くことも気持ち悪いといっておりました。
がんばれ 兄貴! 今は自分で頑張るしかない 誰も手助けは出来ません(T_T)
(クリーンルームには 看護婦さんもなかなか入れません。 つまり何もかも自分でやるしかないのです。)
今日は朝早くから 義姉が仕事を休み来てくれていました。明日は姪を連れてきてくれるそうです。兄もとても楽しみにしています。 また義姉は両親のことも色々気遣ってくれており、大変うれしく思いました。しかし 今は兄や子供たちのことだけを考えて欲しいと思いました。

ところでドナーとしての私の一日は 特にすることもなくただ 身柄確保の身です。(^^ゞ

■10月1日(日)移植4日前

 朝 主治医の先生がお見えになり、明日心電図とレントゲンと麻酔の検査をしてくださいとの説明がありました。麻酔は初めてですが、心電図とレントゲンは2回目となります。
午後看護婦さんから 当日までの準備 日程 の説明がありました。

朝食後 兄のいるクリーンルームに行きました。(入る毎に看護婦さんの了解が必要です。)
手の消毒をしてマスクをはめスリッパを履き替え、カーテンを開け 二重窓の外から インターホンを鳴らし、ようやく兄と話せるのです。
昨日 一日中寝ていましたから 昨夜は眠れなかったかと思いましたが、よく眠れたそうです。 いや 気持ち悪くて寝るしかなかったそうです。
食事も全然摂れないようですから、キャンセルし、今は点滴だけの生活みたいです。ジュースもお茶も飲む気がしなく、うがいをするだけが精一杯のようです。
午後より 待望の義姉と2人の姪と母が兄の様子を見に来てくれました。
その後 1時間ほど私の部屋で話し、再び義姉と姪が 兄と話そうとクリーンルームに行きましたが、辛そうに寝ていたので、声をかけずに帰ってしまいました。
その旨 夕方 私が兄に伝えると、とても残念そうにしていました。
夕方は朝に比べ 少し元気が出たようで、長く話す事が出来ました。
気になるパソコンですが、壊れていなく ちゃんと動くことを確認できたそうです。
また モップが昨日の位置と違っていたので、「ちゃんと掃除やたんやね。」と言いますと、
「朝の10時にやった。ちゃんとスケジュール通りの生活しとる」とのことでした。
今の兄の状態は 主治医の先生にお聞きするところ 想像とおりだそうです。
兄にしてみれば初めての経験で、予想以上に苦しいと思われているとの事です。
骨髄移植をされる方は、大体このような経験を2〜3回経験されているから、そうでもないのですが、初めての兄は少し辛いでしょうとの事でした。
でも 一生懸命頑張っているとのお褒めの言葉を貰いました。
兄は 「普通 病気治療は 段々良くなっていくのが通常 今の状態は 段段悪く辛くなっていく。明日はもっと辛いのか。」と言います。
「悪くなるのは移植の5日までだから もう少し! それからは段々良くなるから!」と励ましました。
すると「移植しても お前の細胞 受け付けなかったらどうする!」と言います。
「大丈夫!私の細胞は 図々しいから どこでも住み着くって!」と言い返しました。
ちょっと弱音を吐き始めました。 がんばれ!抗がん剤なんかに負けるな! 

■10月2日(月)移植3日前

 今日は検査がたくさんありました。貧血検査のための採血 心電図 レントゲン〔胸部 前・横 腹部) 麻酔科での調書 動脈採血 です。
貧血検査は 少し値が低くなっていましたので、1日3回の鉄分補給の錠剤を飲むことになりました。心電図 レントゲン 麻酔での問題はありませんでした。
あと 動脈の採血ですが、 これがとっても痛かったです。 脈を打っているところから摂るのですが、3回目にしてようやく成功。 とにかくとっても痛くて 今パソコンを打つのもちょっと大変な状態です。

兄の方は 朝 晩1回ずつ 面会に行きましたが、第一声は「エレ〜」。
あまり 病気とは関係のない馬鹿な話をしてまいりましたが、少しは気がまぎれたかなぁ?30日より全然口に出来なかったようですが、今日は野菜ジュースを2本飲めたようです。(^o^)丿 

10月3日(火)移植2日前

 今日は兄の誕生日です。兄にしてみれば 誕生日どころではありません。
が 自分の娘が書いた絵を ウルウルで喜んでおりました。 義姉が仕事を少し早く切り上げ 持って来てくれた絵なのですが、とても上手に書かれていました。 ケーキを前に兄が喜んで手を上げ 周りには 義姉 2人の姪 父 母が描かれていました。
とても小4年生の絵には見えないと言って 兄は照れていましたが、今こんな幸せそうな家庭が描ける子供はなかなか居ないのではないでしょうか。 3世代同居している兄たちですが、姪たちがおじいさんおばあさん(私の両親)もしっかり中に入れて書いてくれたことがとてもうれしく思いました。 改めて義姉に感謝いたしました。
この絵を見て 兄は絶対に良くなると そんな確信が出てまいりました。
主治医の先生も これで第一の山は 下り坂に来ました と言ってくださいました。 兄は本当に良く頑張っているとお褒めのお言葉も頂きました。
体のだるさ 気持ち悪さは 日に日に強くなっているみたいですが、気持ちは段々慣れてきたのか、薬も欠かすことなく スケジュールに沿った生活をしているようです。
今日はちょっと下痢気味だったみたいですが・・・・

ところでドナーとしての私は・・・・
兄には顔向けも出来ない 不良患者であります。
と言いますのは、今日はおそれおおくも 教授様の回診があったのです。 そんなことを知らない私は、しっかり屋上へ遊びに行っておりました。 主治医の先生の面目をつぶしてしまいました。 ごめんなさ〜い。
それだけで終わらず、2時に検温があります。 しかし3時30分になっても看護婦さんがお見えにならないので、私は患者ではないからいいのかなぁ なんて勝手な解釈をしてしまい、また屋上へ遊びに行ってしまいました。(同室の方はもう済んでおりました。)
すると やはり私を探して見えたらしく、またまたご迷惑をかけてしまいました。
明後日は いよいよ 移植前日です。 明日は朝から忙しいから、部屋にちゃんと居てくださいとのお言葉を頂いてしまいました。(^^ゞ
でも 健康な者が病室に居る辛さ 解ってよ〜

■10月4日(水)移植1日前

 今日はしっかり病室におりました。 これと言って忙しいこともありませんでしたが、手術室担当の看護婦さんからの話し、抗生剤の検査、麻酔科の先生のお話などがありました。
明日とあって 何度も看護婦さんや先生が 様態(心身とも)を見に来て下さいました。

朝 兄のところへ行きますと、何か食べたいと言いました。
レトルト食品(おかゆ)は、入れてあるのですが、器がないと言います。
そこで売店で 紙コップを買ってきました。最初紙の器を探したのですが、丁度売り切れでしたので、漆のおわんを買いました。 しかしこれはクリーンルームには入れられないとの事でした。 しかしこれ(紙コップ)も 消毒をしてからですので、兄の元に届くのは 明日の朝と言うことになります。かわいそ〜 せっかく食欲出たのに〜
夕方もう一度覗くと、気分もだいぶいいようで、パソコンも開いてなにやら打っておりました。

いよいよ明日です。 緊張します。 正直言って少し怖いです。 麻酔から覚めなかったらどうしようなんて・・・
明日は11時から始まります。 今日は24時より絶飲食です。 麻酔をかけた後、管を肺まで通すため 胃から異物が入らないようにするためです。
それでは 今日は早く休むことにします。 どうかうまく兄の体内に私の細胞が生着しますように。

■10月5日(木)移植当日

 いよいよ今日は移植日です。
目覚めましたのは、6時。いつもなら 屋上まで行き、軽く体操をしながら外の景色を眺めるのが日課でしたが、さすがに今日はやめました。
朝食は勿論なく、8時30分 自分で浣腸をして、排便を済ませました。
9時安定剤でしょうか3錠の薬を飲みました。
9時30分点滴をはじめました。
10時手術室に向かう身支度をしました。
10時30分ストレッチャーに乗り手術室へと向かいました。
手術室の受付で 看護婦さんが私の名を告げてみえました。
(この時 どこかの病院が 患者を取り違えて手術をしてしまったニュースを思い出しました。)
中にはいくつもの部屋があり、どんどん奥に向かっていきます。
私は不安になり、どこまで行くのですか?と訪ねると、一番奥のクリーン装置のある一番綺麗な手術室ですよと教えてくださいました。
確かに 一番奥の突き当たりに着き、それでも更に奥のドアを何度もくぐりぬけた記憶があります。
中に入ると 既に何人もの先生方が きちんと並んで待っておられました。
ドラマに出てくるような みどりの衣装ではなく、幾重にも包まれたまるで宇宙人のような格好でした。手足は勿論 目等全て覆われていてました。
細菌に対する厳しさのようなものがひしひしと伝わってきました。
私の方は直にいろいろな装置をつけられ、5分もたたないうちに全身麻酔が効いて 覚えがなくなりました。。
病室に戻ったのは2時30分頃だそうです。800ccの骨髄液を4箇所から取れたそうです。
私が気づいたのは3時頃でしょうか。
酸素マスクをはめ 心電図をつけ 左に点滴 右手に自己血輸血をしていました。
身動きが出来ず、針を刺した骨盤当たりがとても痛かったです。
母と叔母が来てくれていました。何か話したように思いますが、まだ半眠状態でした。
段々寒気がして電気毛布で暖めてもらいました。
7時頃 主人が来てくれました。このときも まだ半眠状態でした。
兄のほうもうまく入り、元気で居ると聞いて安心した覚えはあります。

■10月6日(金)移植1日後

 自己血輸血は終わったものの、酸素マスクと心電図 点滴はまだまだつけた状態で、腰の痛さに身動きが出来ず、辛い思いをしました。
そんな中 首に何の痛みもないことに気づきました。
といいますのは、移植中に麻酔の関係で首の動脈から管を通すため、少し傷跡が残るかもしれないと聞いていたからです。今更、傷跡が気になるような歳でもありませんが、やはりないに越したことはありません。
不思議に思い先生にお尋ねすると、手首から通していただけたそうです。
咄嗟に「すみません。首にもお肉がしっかりついて駄目でしたか〜?」と言ってしまいました。
すると先生は噴出しそうな顔で、「いえ、麻酔科の先生のはからいで、首には傷をつけないようにして頂けました。」
(^^ゞ有り難うございました。感謝感謝!
13時頃 ようやく酸素マスクと心電図をとっていただき、何とか動ける状態になりました。
うれしさのあまり、点滴棒を押しながら、兄の居るクリーンルームに向かいました。
すると先生に見つかり、「もう歩いて見えるんですか!ふらつきませんか!?」と 遠くから駆け寄って見えました。
「大丈夫です」とガッツポーズを見せたところ やはり ふらりとしてしまいました。(^^ゞ
兄は少なくとも 今の私よりはるかに元気でした。元気にレトルトのおかゆをたしなめておりました。
今の兄は白血球が0の状態です。細菌が入ればアウトです。その山を通り越し、私の細胞がうまく正嫡すれば 移植成功ということです。まだまだ時間がかかりますが、頑張って欲しいと思います。
元気な兄と話せましたが、さすがに私は疲れ おとなしく寝ることしました。
15時頃車椅子に乗り、レントゲンをとりに行きました。胸・腹 の2枚撮りました。
義姉のご両親と妹さんがお見舞いに来てくださいました。私は病人ではありませんので、申し訳なく思いましたが、とてもうれしく思いました。有難うございました。
義姉のご両親には私の両親とはまた違ったご心労をかけ 本当に申し訳なく思います。
ようやく夕食より食事のお許しが出ました。しかし食欲はなく、半分ぐらい食べれたでしょうか。しばらくすると気持ち悪くなり、はきそうになりました。
採血をした結果 貧血がひどくなったみたいです。再び鉄剤を飲むことになりました。
まだのどや頭が痛く、微熱が続きました。

■10月7日(土)移植2日後

 午前中まだ微熱が続きましたが、腰の痛みは徐々に和らいでまいりました。
主人が来てくれましたので、昼食を地下の食堂でとりました。食欲がありませんでしたので、違ったものならいいかなぁと思いました。が やはりおいしくありませんでした。
口の中がおかしいのでしょうか。早くおいしいものと出会いたいです!!
午後主人の妹と姪がお見舞いに来てくれました。この姪は看護婦さんを目指して勉強中です。今の患者としての体験 勉強中の姪の体験など 面白おかしく話していると、気分がだいぶ良くなりました。やはり人間大笑いをすると元気になれますね。
今日の採血の結果 貧血は少しずつ良くなってきていますが、大事を取って9日(月)に退院することになりました。
夕方 ようやくパソコンを開きメールを受信してみました。(4日を最後に開いておりませんでした)すると友達や従兄弟 仕事関係の人たちからたくさんお見舞いメールが届いておりました。
皆さん ご心配やらご迷惑をおかけいたしまして申訳ございませんでした。 本当に有難うございました。これで またまた 元気になれました。

ところで兄の方は気持ち悪さもなく、元気です。しかし今クリーンルームの中で何をするということもなく、無気力って感じで、怠け者者になってしまうと言っております。
あと1ヶ月ほどのクリーンルームでの生活。孤独との戦いも始まっているみたいです。
ガンバレ!せめてメール通信ができればと思います。

■10月8日(日)移植3日後

 今日はシャワーの許可が出ました。4日ぶりで 気分もさわやかになりました。
微熱も取れ、腰の痛みは徐々に和らいで来ましたが、階段の上り下りが少し偉いです。
お風呂の鏡で見た傷は 腰骨のあたりを4箇所 虫に刺された程度のものでした。
食欲はやっぱり出ません。これは体調のせいではなく 病院食が・・・?

兄も気分がいい様で、パソコンで日記をつけておりました。副作用としては下痢が続いていると心配しておりましたが、「ほとんど点滴生活だから、当然でしょ。まだ出ないよりましじゃない・・・!?」なんて かわしておきました。(^_-)
今日 兄がお世話になっている先生からのお見舞いメールが 私の方に届きました。
HPを見ていただいていたようで、とても恥ずかしい思いがしましたが、こうして皆様が気に掛けていてくださること本当にありがたいと思います。まだまだ気が許せない日々が続きますが、皆様のお気持ちを支えに頑張っております。しばらくご迷惑をおかけいたしますが 宜しくお願い申上げます。

■10月9日(月)移植4日後

 11日間の入院生活が終わりました。私は何事もなく 退院が出来ました。
お世話になった先生、看護婦さんたち、本当に有難うございました。
また同室の方、一緒に食事をした患者さん 毎朝屋上で会う患者さん 洗濯場で会う付き添いのおばさんたち 本当にいい方ばかりにめぐり会え 色々お世話になったり、勉強させられました。大変な病気を抱えた方々ですが、皆さん前向きに一生懸命頑張ってみえます。 一日も早く治って頂きたいものです。
主人に迎えにきてもらい 午後3時 病院を後にしました。病院を出るのがとても久しぶりで、大袈裟のようですが、半年くらい病院にいたような気がしました。ほんとです。
久しぶりの我が家 家族6人揃っての夕食 やはりとてもおいしかったです。私が居なかった時の話題となり、聞いていると みんなおかしいやら気の毒やらの毎日だったようです。寝たきりの義祖母も 相変わらずのキャラで 笑わせてくれました。
主人 義父母 息子 みんな 本当にお世話様でした。有難うございました。

ところで兄の様態ですが、今朝から37.5度の微熱が出始めました。
昨日あんなに元気だったのに、今朝覗いた時 ぐったり布団をかぶり寝ている姿に驚きました。退院する時にもう一度 覗きに行きましたが、やはり同じ。
冷やすことも出来ないのかと訊ねましたら、
「冷蔵庫にアイスノンがあるから 自分で冷やせばいいんだ。だけど そんな気力もない!」と情けない言葉。
「冷蔵庫まで5歩も歩けばいけるじゃない。頑張らなきゃ!」
窓越しに見る私からは本当に近いところにあるのですが、兄にとっては ずいぶん遠いところなのでしょう。
こんなに近くにいるのに、手も貸してあげれない 本当に辛い。
抵抗力がない今 高熱が出ないことを願います。いよいよ第二の山にさしかかってまいりました。1週間ほど続くそうですが、ガンバレ兄貴!

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