日本共産党の矛盾(離党経緯と理由)

2006年7月16日作成(2007.10.24小更新) 

*2006年7月14日離党宣言書を提出致しましたその経緯と理由を公開いたします。
 実際に提出した離党宣言書(原文)(PDF2頁/急ごしらえの為読み難いです)。関連スレッドはこちら(時事政示板)

入党は2001年8月26日。
離党したときの立場は愛知県東三地区・准地区委員

目次
意見対立の発端(筆坂問題)
共産党の憲法九条解釈の穴
相容れぬ主張と民主集中制
(補足)私の憲法九条・自衛隊に関する見解
意見対立の発端(筆坂問題)                一番上へ
 私は筆坂秀世氏の「日本共産党」とそれに対する不破氏などの反論を読み、不破氏の「(宮本氏から)議長退任の申し出を受けた時期」説明文に不審な点があることを党中央に指摘(メール)していました。


 また、別の日には共産党の長野県会議員・藤沢のり子氏が筆坂氏の本を読んだ感想に「党の前進を阻もうとしている勢力に手を貸すなどは品性を失った醜い人間性を思わずにはおれません」と書かれてたのを発見。
 *googleキャッシュにて確認できます(5月2日の記事)→証拠隠滅の為か生記事は削除されました。

 私は「論敵でも人格攻撃するのは良くない」という考えから、当該ブログに自分の本名(*)とメールアドレスを提示した上で発言の撤回を要求しました。
 (*)藤沢のり子氏は「本名を名乗らない人には返事しない」として他者の助言コメントを次々と削除していた為。


 私は「党の説明不備」や「党員の言葉遣い改善」、ひいては共産党に対する【誤解払拭・質的向上(党員に自由意志がある事を公にする意図も有った)】の為に行動したつもりです。

 しかし、党中央及び、藤沢のり子氏(長野県委員会)は私の訴えに答える事は一度としてなく「倉橋という党員は大丈夫なのか?(どうにかしろ)」と愛知県東三地区委員会に連絡していました。

 その苦情を受けて東三地区委員長から「党中央と長野県委員会から報告を受けた。筆坂問題に納得がいかないようだから、話をしよう」と話し合いの場を設けて頂きました。

 そして、2006年7月13日に話し合いをしたのですが・・・
 【筆坂問題】は「(宮本氏の)勇退時期は今まで公表していない」と言い張られました。
 【藤沢県議】については、「(藤沢氏がブログ記事を削除したため)藤沢議員の発言は確認できない」と終始、党側は知らぬ存ぜぬで「無かったことにしよう」とされていました。

 これでは、埒もあかないし「共産党は信用できない」とハッキリ分かったので、私が「憲法・自衛隊」問題にまで話を進ませ、党のおかしさを指摘させてもらいました。
共産党の憲法九条解釈の穴(私が指摘した問題点)                一番上へ
 日本共産党第22回大会決議を読むと以下のことが書かれています。

1.憲法九条は、国家の自衛権を否定していないが、一切の常備軍をもつことは禁止しており、自衛隊は憲法違反の存在である。

2.共産党が政権をとっても一定期間、憲法と自衛隊との矛盾を続けて、段階的に解決する。(この矛盾は、先行する政権の責任)

3.(自衛隊解消までの過渡的な時期には)自衛隊を国民の安全のために活用する。

 さらに2006年7月13日の東三地区委員長の説明では、「憲法と自衛隊との矛盾は国民の要望(北朝鮮などへの危機感)がある為だ」という事も付け加えられ説明を受けました。


=私の感想=
1.日本共産党が自衛隊そのものを違憲とするなら、「憲法違反」を軽視せず、即時憲法違反解消を訴えるのが筋であり、憲法違反を一定期間でも認めると言うのは憲法軽視である。(注・私は自衛隊合憲論に拠って立ちます)

2.国民の要望で、憲法違反(違憲状態)も認めると言うのなら、イラク派兵も国民世論次第で認めると言うことになる。
 また、公務員削減や議会定数削減を求める多数の声が有るのに、それには反対している点を見ても都合のよいダブルスタンダードである。

 *党側から納得できるような反論・回答はありませんでした。
相容れぬ主張と民主集中制                 一番上へ
 共産党の組織には「民主集中制」というものがありますが、簡単に言うと「党員は共産党決定に対して態度保留は良いが、反対してはいけない」のです。

 今まで、私は政党助成金問題などの持論を「保留」にしてでも、共産党の党勢拡大が日本に必要な事であると思い、活動してまいりました。また、東三地区最年少で地区委員に任命して頂くなど恩も受けてまいりました。

 しかし、今回の憲法軽視の態度を認めるわけにはいきません。
 なぜなら、憲法とは国の最高規範であり、国家の横暴を抑えるものです。また全ての法律の上にある存在とも言えます。
 この憲法を軽視する政党が政権につけば国家権力を縛るものは何も無いということになり、非常に危険な国家になります。それこそ、「法治国家」ではなく「独裁国家」へと成り下がります

 このような大問題は、「保留」などと悠長な事を言う事など出来ません。
 仮に共産党に真の民主主義があって、党員個人の持論(異論)も大いに歓迎される政党であれば、私は共産党員として憲法軽視の態度にも保留ではなく反対を公然と唱える事が出来たでしょう。
 
 民主集中制でなければ、或いは離党せずに済んだのかもしれませんが…他の支持ポイントを消して余りあるマイナスであることには変わりありません。

 「憲法軽視」+「民主集中制」により、離党を決意いたしました。
 
(補足)私の憲法九条・自衛隊に関する見解     一番上へ
 憲法制定の経緯(歴史)を重視すれば、憲法九条には「自衛権」と「自衛戦力保持」が読み取れます。

 ☆経緯1.マッカーサーによる当初案とケーディス民政局次長の修正

 *マッカーサー元帥の当初案
 【日本は紛争解決の手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも放棄する。日本は、その防衛と保護を、今や成果を動かしつつある崇高な理想に委ねる】

 *解釈
 マッカーサー元帥は「戦争には侵略戦争と自衛戦争の二種類の戦争がある」事を示して共に放棄させようとしていました。そして、国防は崇高な理想のみで解決しようとしていたのです。

 しかし、ケーディス民政局次長によって、自衛戦争の放棄と理想による自衛方法は非現実的として「自己の安全を保持するための手段としての戦争をも放棄する」という文言が削除されて、現憲法の骨格ができたのです。
 これによって、自衛権が認められた文章になったと解釈するのが妥当です。


 ☆経緯2.芦田均憲法問題特別委員長による修正

 芦田氏によって憲法第九条第二項の先頭には「前項の目的を達するため」という文言が追加されています。
 それは九条一項が紛争解決の戦争のみを想定し、自衛戦争の放棄は謳わなかったことから、「自衛目的以外の軍事力」が否定されて自衛戦力が認められたのです。


 結論として、自衛戦力の許容範囲に議論余地はあるものの「自衛隊の存在は合憲」であり、将来情勢によって縮小努力を図るべきだと考えます。

 これならば、憲法違反や国民世論のずれも心配なく、主権侵害などの対応も問題無いでしょう。

 

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