プロフィール

基本情報

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HN クラ
本名 倉橋英樹
血液型 A型
性格 変わり者
職歴 元市電運転士
資格 FP
その他 豊川市民オンブズマン
消防団員

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(面白系)
好きな言葉 英雄とは自分の出来ることをした人である。凡人はその出来ることをしないで、出来もしないことばかりを望んでいる。   byロマンロラン
経歴
1978年 自民党国会議員(八木一郎先生)の秘書をしていた倉橋忠彰の第二子として生まれる。
1980年 父と死別。棺の上で大ハシャギ。親類はそれを見て将来を憂い涙した。。。らしい。
1991年 御津中学校入学。将来のお笑いタレント第1位(クラス投票)他。
1994年 豊川高校入学。数学教師から特進コースへ誘われるも辞退(人生の岐路だったのにね★)。
1997年 就職。会社の仮装大会で白鳥パンツを着て、白鳥の頭を社長に触らせる→仮装大会廃止。
2007年 御津町議会議員選挙において町民の皆様から558票を頂き当選させて頂きました。  選挙運動詳細
2008年 豊川市との合併により、御津町議会議員を失職。再選挙にて落選
2010年 豊川市民オンブズマンを設立。 
2011年 豊川市議会議員選挙にて、1949票を頂き当選させて頂きました。 
2015年  豊川市議会議員選挙にて、2738票を頂き再選させて頂きました。

 
↓ちょっとしたお話↓

中学生時代(1991年4月〜1994年3月)

 クラス投票において将来のお笑いタレント第1位に輝く。
 反面勉強を嫌い、テスト期間でも遊びほうけていました。特に英語が苦手で回答に伏龍と鳳雛等と三国志マニアにしか分らぬ事を書いたりして不真面目な態度でした。

 またこの頃、学研の地球環境白書【今「緑」が危ない】を読んで、自然の大切さと人間の醜さを知り、大人への反発心が強くなってしまいました。先生を蹴ってしまったり。。。

 一方で、ヤ○ザの息子が偉そうにしていたのに苛立ち、喧嘩を売った事があった。そして、その親が木刀を持って報復に来た時、ある先生が説得してくれて事無きを得たことがありました。

 このため、大人に対する反発心だけでなく、感謝の念を持ったり・・・非常に心が揺れ動いた中学時代でした。

高校時代(1994年4月〜1997年3月)

 クラスの議長となったり、(数学が得意で)特別進学コースへ誘われたりと、何故か真面目イメージになってしまった。

 実際は勉強嫌いのまま、学校の外で教科書を開く事は無かったです。特進へは勿論断りましたが、「失敗だったかな?」と思う事もあります。
 部活は弓道部に入るも休みがちな顧問に「サボるな!」と言われ、「筋が通ってない」と批判し1週間で帰宅部へ。

 就職活動において…私は工場が嫌いで自他共に認める営業職向きな性格なのだが、母は転勤やノルマを気にして猛反対し、勝手に「ココにしなさい」と言う始末。
 私は「お前の言いなりのロボットじゃない!」等と喧嘩に。想像にお任せしますがかなりの修羅場になり、親戚一同集めた家族会議に発展した。
 最終的には、私が妥協して豊橋鉄道へ就職した。

 高校の卒論で人間とは何だろうか?と自問自答しました…(以下抜粋)
 〜人間は地球の癌ではないのか。…僕たち人間は木々により酸素を、また地球全ての自然により生かされています。が、人は森林伐採をし、酸性雨を降らし、他生物を絶滅させている。
 地球にとって人は絶滅すべき種である。しかし自分はそれを嘆くも自殺する勇気もなく、さらにバイクに乗り、排気ガスを出そうとしている。やはり救いようの無い生物です。本当に学ぶべき事は学校にあっただろうか、、、〜

 く、暗いですね(^^ゞ

お馬鹿な私

 中学時代の修学旅行では熟睡中の友人の鼻に正露丸を入れて笑ったのは良いが…部屋全体に臭いが充満して寝るに寝れなくなったりしました。
 高校の修学旅行では、体重の軽い友人に座禅をしてもらい、他の友人2人に投げさせて空中浮遊の写真を取ったりしてました。

 会社の運動会ではコスプレ合戦があり、この時私はバレリーナの衣装&一物に見立てた白鳥パンツで臨みました。相棒は女王様でした。
 同僚には大変ウケて、調子に乗った私は一物白鳥を社長に触らせもしました。
 子供にも好評で追いかけ回したり・・・次の年にはコスプレ競技が無くなったのは言うまでもありません。

 また相棒と全身タイツ(唐草&七色)で電車と並走したりもしました。これは運転手からアンコールを戴くほど好評でした。

 上記のような行動を見て、「馬鹿だな、あいつ」と言われる事も・・・
 しかし私には、『時に馬鹿になりきる事が出来ない人生程、つまらない人生は無い』と考えています。これは今後、私がどのような立場になっても、忘れてはならないと思っています。

 鼻の高い人間と言われるより、バカと言って頂いたほうが良い。

会社在職時の意見・行動

 ある時、会社内の改革が遅々として進まず、勝手に業を煮やして会社の改善提案をしました。
 それは、社員試験の答案用紙の裏に書いての強攻策でした。

@「社長は体裁を捨て環境、燃費の面で低公害車を社用車とする」

A「排気ガスを吸収する植物を排ガス激しい沿線の現在雑草生い茂る分離帯に植え、環境に優しい鉄道業をよりイメージUPさせる」

B「下の意見を圧殺する体質の改善」

C「適材適所を無視した人材配置の是正、IQではなくEQを重視する事」

 現場レベルでは「ダイヤ改正」「人事考課は役員・助役でなく、お客様の反応を重視すべきである。それが、直接サービスマナーを向上させる」等々を発言しておりました。
 勿論これがすぐ通るとは考えず、ただ会社に改革という波紋をつくり、どう動くのかをみたのですが予想以上に壁が厚かった。

 上は「どういう指導しているんだ!」
 中間は波風を嫌いただ「お前の為にならんぞ」と。

 私の提案に反対論も出さず、ただもみ消された。
 この時より、転職も含め将来の展望を考えているようになりました。
 一方で少数ではあるが、このような行動をした私に賛同、敬意を表し、運動を起こそうと言ってくれた方もいて、救われました(私に彼等の会社人生を背負う重みに耐える自信無くお蔵入)。

 なんとも扱い難い社員だったことか・・・ごめんなさいm(__)m
 

政治に興味を持った理由

 政治への関心は22歳くらいまで殆ど無く、むしろ「政治家は悪」という固定観念がありました。

 そんな中、勤め先の経営状況から将来に不安を感じ、将来への資産形成に「株式投資」はじめた。
 すると株式市場は経済の動きに注視しなくては読めない、経済の動きは「政治と密接である」と気付いたのがそもそものキッカケです。

 その頃、ちょうど小泉総理が「自民党(既得権益)を壊す」と総裁選に立候補しました。
 私の固定観念(政治不信)は打ち破られ「小泉氏ならば!」と政治に期待するようになったのです(この時は、小渕総理が誕生)。

 今となっては叶わぬ夢ですが、父と政治談議でもしたかったです。
 

政党について

 現在の私は完全無所属です。
 噂で、右だ左だと節操の無い中傷を受けていますが、いずれも事実ではありません。

 各選挙ごとに、応援する議員・政党もその都度政策などを見て行動しています。
 また、ポスター公費の不正請求や政務調査費の不適切使用など各政党全てに対して追及をしています。

 どこかの政党に入ると、言いたい事が言えなくなります。
 それでは政治家は誰がやっても同じです。

 私は、完全無所属こそ本当の改革を成し得る立場であると確信しています。

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