政治経済
 
* 懐かしい20代前半の頃の意見です。
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政党助成金について
(2004年 1月29日)
 政党助成金は1995年に導入されましたが、同年に施行された「改正政治資金規正法」の10条で政党への企業・団体献金を五年後に「見直しを行うものとする」としたり、時の政権、細川内閣も「将来的に企業団体献金を禁止する」と説明していました。要は金権・腐敗政治を無くす為ではなかったのだろうか?

 現実には癒着の横行は変わっておらず、政党支部への献金容認という形で企業献金禁止は達成されていない。

 私は助成金を無くせ!とまでは言わない。しかし、国政選挙時に「助成金をあげたい政党」も投票させるべきだと考えます。選択肢は「各政党+ドコにもあげない」でよいでしょう。
 そして、政治不信で投票に行かない人の税金まで、助成金となって各政党(共産党以外)にまわっている現状も良くありませんので、「議席数や得票率」で分割するのではなく、「(仮称)政党助成金得票"数"」で決めればよい。

 一票につきいくらにするかは、政党助成金総額÷現有権者数と単純に計算して…
 300億÷1億=300円

 一票当たり300円か、若しくは投票率6割という現状を勘案して500円で良いでしょう。そうする事により、完全なる民意に沿った助成金分配となり、投票しない人達の税金まで勝手に政党に振り分けられずに済みます。また副産物として国民も「直接自分のお金が政党に渡る」ことを意識すれば、もっと政治(政治家)を見るようになり、政党自身も助成金と直結する為に「投票率UP」を意識して取り組んでくれるでしょう。そうすれば、より多くの「国民の目」が政党を見るようになり、少しでも自浄効果を育んでくれるのでないでしょうか。

 因みに、日本共産党は受け取りを拒否しておりますが、助成金は受け取りに名乗りをあげた政党に按分されるだけですので、心意気は評価したいが、支出抑制にはなっておりません。
 上記の提案ならば不投票者分はもとより、日本共産党が支持者に「助成金票はいらない」と訴えることで、助成金額の抑制に直接影響を与えることができるでしょう。
供託金制度
(2003年 12月7日)
 選挙には、売名行為の抑制や選挙妨害抑止などの理由で、立候補者を絞る供託金制度があります。例えば、国政の小選挙区や知事で300万円、指定都市の議員では50万円の供託金が必要です。

 しかし、これでは低所得者は高所得者よりも比較して大きな苦労をしなければ立候補できないという事です。
 誰か(議員)が低所得者の代弁してくれると言っても、見聞きするのと実際に体感してる人とでは問題意識が違ってくると言う事は大いにある筈です。
 低所得者だって色々な経験をして、政治に生かせる見識を身に付けている。所得の多い少ないが政治家の資質を決めるとは思えません。

 体力(政党規模や年収など)で、供託金の額が増減するような制度改革がされる事を望みます。
少人数学級を求めて
(2003年 7月27日)
 文部科学省の附属研究機関「国立教育政策研究所」が発表した“学級規模に関する調査研究“によれば、小中学校の先生方は21〜25人学級が「適正」だとする声が各教科ごとに75%〜90%ありました。なお算数の教師だけは、11人〜20人が「適正」だと判断されています。
 逆に、31人〜35人学級では過半数の教師が「多すぎる」といい、36人を越えると「多すぎる」と感じる教師は90%にものぼります。また子供達の意識調査でも26〜30人学級で「ちょうどよい」とする声が55〜65%を占めました。

 また、能力以前の人間の限界として、視野に入る人数が32,3人であるという教員調査もあります。少人数学級は非行や学力低下を少しでも抑制する効果があると私は思います。

 事実、日本で25人学級一番手(2002年4月より)の埼玉県志木市の穂坂邦夫市長は『児童の出席率・コミュニケーション・授業態度に良い結果をもたらしている』とおっしゃっています。

 日本の教育への支出(公財政支出教育費)は1998年度の数字ですがGDP比で3.55%です。諸外国を見ると…

  アメリカ/4.82%  イギリス/4.65%  ドイツ/4.35%  フランス/5.88%
 となっております。またOECD(経済協力開発機構)加盟30カ国の平均も5%となっていますから、もう少し無駄な公共事業などを減らして、教育に回しても良いのではないでしょうか?

 ドイツでは24人学級、日本の米軍基地でも18人学級が実施されています。そして現在の日本は基本的に40人学級です。これをまずは「30人学級」にする事を提案したいと思います。副次的に10万人程度の教職員の雇用が生まれるという試算もありますので、雇用対策も含めて検討いただきたいと思っています。

 正教員以外での雇用としては、フランスで1997年に高校卒業以上の者を「学校教育補助員」として約7万人採用しています。これは若年層の雇用対策で、教員を補佐して児童生徒の学習支援やコンピュータ操作指導、治安維持などに当たる期限付きのポストです。彼らの働きは特に生徒の個別指導や暴力対策において高く評価されており、今後も継続して採用していくようです。

 東京都世田谷区や新潟県三条市でも同様の試みがされてはいますが、いじめや不登校に対するスクールカウンセラーの拡充も含め、日本はもっと「国」としても教育に力を入れるべきだと思います。

 不必要な道路工事、採算・利便性の殆ど無いダム工事など無駄で、しかも一過性の雇用効果しかもたらさない従来型バラマキ公共事業から、長期的展望にたったお金の使い方を強く求めます。
日本のデフレを考える
(2003年 4月28日)
 デフレとは、物価が下がる事をいう。物価が下がるのは、「技術の発展により製造コストが下がる」、「市場の国際化で、より効率的で安い物が流通する」という理由がまず挙げられる。
 これらは、過去資本主義経済下で着々と進んできました。実は1940年頃までは『デフレが経済の常識』でした。冷戦など貿易の減少などから、インフレ時代となった訳です。
 市場の国際化は、私達にも安い商品の流通という恩恵を被り、一概に責める事は出来ないでしょう。技術の発展も歓迎するべきものです。

 しかし、技術の発展が労働の単純化を進め、日本人でなくても質の高い製品が作れるようになり、中国を初めとした安い人件費の国への工場進出を助けている面もあります。また、技術の発展は既存商品の大量生産を可能にします

 これに対し、人間が使用(消費)するのには限界がある
 例えば歯ブラシを一日に一億本作っても、日本人にはそんなに必要ありません。つまり、過剰生産であり企業収益を圧迫します。当然、リストラをして生産力を落として調整せざるを得ません。
 世界市場で見たって、「人間の人口分が限界」なのです。

 新規産業も、既存産業の代替えであれば(例えばバイク→自動車や、CD→DVD)、雇用の移動はあれど創出には力不足です。
 IT産業も人間を不要とする領域を増やしました。つまり、雇用の減少圧力を絶えず受けていると認識されたい。
 勿論、代替えの新規産業でも停滞した景気(消費=買換え需要)を刺激しますし、効果もあります。しかしながら、一旦踏み込んだデフレスパイラル下では、雇用の減少により、消費する力(失業者のお金)も減少してしまい、新商品も買えなくなります。

 商品を買えずには、新商品を作ろうが彼らには無意味となるのです。

 職を持つものには確かに新商品投入は効果がありますが、失業者の増大は『消費の総力』を減少させます。「需要」と置き換えて良いでしょう。つまり、「需給の不均衡(過剰供給)」となり、デフレの深刻化を招き入れます。
 今、直面しているデフレの問題はこの「需要の少なさ」です。企業は「需要がある…つまり売れる」見込みがあるから、投資するのです。投資に見合った利益が期待されるから投資をするのであって、『消費の総力』という潜財力(←クラの造語)に大きく依存いたします。

 ここで、問題になるのが富裕者と低中所得者の消費性向です。
 いくら、失業者が増えても富裕層がよりお金を持っていれば国民の持つお金の総量は変わらず『消費の総力(潜財力)』も変わらない…とはならないのです。
 これは富裕層ほど貯蓄や投資比率を高める面がある為で、「消費量は逓減する」のです。つまり、『消費の総力(潜財力)』は到底、国民の総貯蓄量・平均貯蓄量で計ってはいけない。

 マネタリストは、「金利を下げれば投資が生まれる」と金融政策を言い続けていますが、それは完全雇用に近い状態で、需要がある時に唱えるべき主張ではないだろうか。
 需要が脆弱である状態で、需要に依存する企業投資が、金利に刺激されるとは考えにくいのです。投資は金利という一つの経費よりも、「売れるか否か」が重要である。

 厚生労働省が発表した2003年3月の有効求人倍率は0.60倍という。失業率も5.4%(潜在的には10%近いという話もある)である。この数字は、直接、消費量(需要)に影響します。勿論、人は食べなくては生きてゆけないから、最低限の消費力を彼らは持っていますが。そこに新商品が置いてあってもなかなか買えないのです。という事は新商品などの為の投資に見合う収支は一層厳しいものとなります。つまり、企業投資量の減少となり、投資から具現化する雇用も更に弱含んでいってしまいます。

 今、求められるのは「失業率の改善」であり、民間が出来ないのなら、国がやるしかないのです。そして、その事業は「雇用効果」に着目せねばならない。
 「失われた十年」の公共事業は癒着による投下資本の減(2、3割が癒着部分で消えるという話も有ります)ばかりでなく、大型事業による雇用効率の悪さも見逃せない。

【工事費百万円あたりの就労者数】『建設省(現国土交通省)「公共工事着工統計」より』
≪工事規模五億円以上の事業=約9人≫
≪工事規模一千万円未満事業=約19人≫


 このように5億円規模の工事一つと、1000万円の工事を50ならば、1000万円×50の工事の方が2倍以上の雇用が創出できるのです。(更にに言えば、この二倍以上の雇用効果を考えれば、公共事業費を削減しつつ景気を維持でき、また年金財源など福祉費に充てる事も可能となるのです。)
 雇用が増え、「消費の総量」が増える事は、それ自体が好循環する。彼らの新たな消費力が私たちの生産する商品を買わせ、私たちの雇用を守るのですから、決して公共事業が私たちの為にならない訳ではないのです。

 また、リストラと賃下げ(ワークシェアリング)では、賃下げを選ばせるようしなくてはならない。
 何故なら、5人の従業員がいて「一人減らす(無収入者を作る)」のと、「5人が一律給与2割減」と比べると、この五人の総消費量は、「5人が給与2割減」の方が多く保てる為です。少し説明しますと…年間一人頭250万円消費していてくれたとすると、リストラで一人無賃になると彼の250万円分の消費はそっくり消えてしまいます。
 しかし、一律2割減とすると…そのまま、消費も2割減とはならないのが予想できると思います。何故なら、年収500万円の人と年収400万円の人では消費性向が違い、400万円(低所得になるほど)の方のほうが、所得のうち消費する割合が高くなるからです。

 「リストラしたら失業保険が有るじゃないか」という声も有りそうですが、これは有期(最長でも1年)である上に、国の負担としてばかにならないので、「雇用を維持させる助成」をした方が安上がりであろう。
 このように効率よく雇用を維持・創出してゆき、新規事業の成功を少しでも「需要面」からも後押ししてやる…こういう事がデフレ経済下で求められるべきではないだろうか。
天下りの禁止と抑制策
(2003年 1月 6日)
 構造改革というと天下りの禁止は外せれない。
例えば頒布会(16団体)という所の一つ「四国ゆうパックの会」は、職員ゼロで「役員(郵政官僚OB)のみの団体」といいます。郵パックを利用した通販事業をしていますが、実際の販売などは郵便局員さんにさせている。なのに、商品業者からの販売手数料は四国ゆうパックの会へ(売上18億円!)流れ役員報酬に消えてゆく…他にも日本財団(日本船舶振興会)(役員20名・職員112名)北方領土問題対策協会(役員13名・職員19名)などなど、職員と役員のアンバランスは多い…

 民間会社では、天下り役員が仕事を持ってくるなどと言う会社側言い分もミクロとしては理解するが、天下りなどでしか、仕事を得られないのはどうかと思う。役員の持ってくるという需要(お客)は、その役員がいなければ、条件など検討し別会社に依頼し、市場全体として無くなるという事はないでしょう。民間においては公正な市場を、公益・特殊法人においては微々としても無駄な支出を減らす為、政治不信を減らす為にも天下りは無くすよう誘導していくべきです。

 そこで、一つ問題と思うのは、企業の役員報酬経費です。経費に認められれば当然、法人税がその分掛かりません。この中で、役員報酬については「会社の規模等に考慮した額については損金(経費)と認め、それを上回る分は損金不算入」とあります。一見もっともらしいですが、「役員の数」には言明しておりません。だから、主に特殊法人において、役員と職員のアンバランスが出てくるのではないか。
 一般的な役員と職員の比率を規模・事業内容別などで調べ、役員数又は「総役員報酬」で、損金算入・不算入という税制面でのデメリットを作り上げる事を提案します。これは民間企業の方がよく効きそうです。

 特殊法人・公益法人については、「国が出資している」「国の補助金を受けている」「国の資産(土地・建物)を無償で借りている」等する事を考えれば、国が株主として経営に口を出しても充分に理があるように思う。そこで、情報公開を徹底し、更に特殊法人の会計監査を行っている「会計監査院」から「日本財団(日本船舶振興会)」などへの天下り役員の存在を考えれば、会計監査院の監査自体も不透明・疑惑のもとである。
 よって、「会計監査院」以外の民間・市民団体での調査をするべきです。勿論、天下りなど関係者が皆無の団体である事が、指名最低条件です。その上で、役員報酬の見直しや、他の無駄な経費を指摘してゆくべきです。

 また、消費性向という問題からも高給取りよりも、薄給者の方がお金を貯蓄に回さず(余裕が無いとも言えるが)使ってくれる点も考えれば、役員人員を減らしてゆき(現役員の抵抗を考えるなら自然減にて)、職員を雇用させるよう促したい。
 実際に平成11年度の「総務省」の「年間収入階級別1世帯当たり1か月間の収入と支出」の調査で、年収が少ないほど「消費支出(商品+サービス)」の割合が大きいのです。適当に抜粋しておきますが…

 年収350万〜400万円の消費支出→→ 19万9977円 (年間239万9724円/68.6%)
 年収450万〜500万円の消費支出→→ 23万3124円 (年間279万7488円/62.2%)
 年収900万〜1000万の消費支出→→  31万1068円 (年間373万2816円/41.5%)
 年収1500万〜2000万の消費支出→→ 41万4895円 (年間497万8740円/33.2%)
 年収2000万円以上の消費支出→→    47万6446円 (年間571万7352円/28.6%)

*「%」は年収範囲の低い方(350万・450万・900万・1500万・2000万)で小数点第二位四捨五入し計算しました。また、可処分所得から計算をしていませんので、消費性向とは%が違います。

 このように高年収になるほど、消費率は下がってゆきます。デフレギャップを増幅させる役員(高給取り)よりも、比較して低所得である職員の割合を高めるようにする事が今の経済状況下(預貯金が生かされない経済)では尚更重要となってきます。
 報酬2000万円の役員を解雇し、500万円の職員を二人でも雇えば、会社は赤字を抑制し、失業者も一人分減り、うまくすれば総消費量も増えるという一石三鳥になりえるのです。
電圧改革
(2002年 4月10日)
 現在、日本の家庭用電源は100Vですが、世界では約200Vが主流です。元の高圧電流からの電圧変換は低ボルトにするほどロスが大きくなります。このロスを200V化により軽減する事で、国の総発電量と総消費量の間に余裕ができ、原子力発電所の新規建設の不要、または削減し原子力炉のない国づくりも視野に入ってきます。
 また今、高齢化社会や自然災害からの二次災害(火災)に備えオール電化(家?)と叫ばれてますが、熱効率が悪くガスに比べ時間がかかり、又電気代も馬鹿になりませんが、電圧アップによりこれも改善されます。
 この改革をすると、今までの電化製品は使えなくなります。
この現家電製品の無効化の危惧には、準備期間を7年(一般的な家電寿命)程度設ける事により、改革発表さえすれば企業も電圧変換器付き家電や変圧器の発売等で対応させ、電線会社や家電関連会社等の仕事、つまりは雇用と消費拡大が見込まれ、経済を強く刺激させます。
 不景気に加え、東海大地震の被害地域拡大もありました。早急に議論する必要があるのではないでしょうか。
 ただし、ガス業界の反発は予想できます。自動車の天然ガス仕様シェアを拡大しむけるなど、助成も同時に議論されるべきではあります。


庵TOP