陽明学

陽明学に学ぶ 平成16年04月10日

 本日のテーマは、「山中の賊」です。
 資料をお渡ししてありますので、どうぞご覧下さい。

 山中の賊を破るは易し。心中の賊を破るは難し。
 區々が鼠竊を剪除せしは何ぞ異と為すに足らんや。
 若し諸賢心腹の寇を掃蕩して以て廓清平定の功を収むれば、此れ誠に大丈夫不世の偉績なり。
 
天下周知の名文句であります。
 先生が匪賊討伐の実績を挙げて識者の驚嘆を博し、弟子も感激して沢山手紙を出しておりますが、これは薛 尚謙という弟子に与えたその返書の一筋でありまして、本当にその通りであります。

 これは安岡正篤先生が『人生と陽明学』の中で紹介してある部分の抜粋です。
 「山中の賊」とは匪賊です。
 王陽明は、これを平定したわけです。
 当時の匪賊は、押し込み強盗・強姦・・・悪質な連中が通り過ぎると後には何も残らないような、女性を強姦、子供は連れ去って売り払ってしまう・・・そういう滅茶苦茶な状況でした。
 又それを平定に行く官軍が、出かけて行って同じような事をしている。
 官軍が堕落をして、軍隊なんか全然信用できない状況ですから、官軍を使って匪賊を平定しようとしても、そうはいかない時代だったわけです。
 王陽明は、各地から義勇兵を募集しました。
 それから匪賊に対しては、「我々に勧降しなさい」という名文を書いて出し、名文句に動かされて降参する人もいたわけです。
 この王陽明の現実の実績は、大変なものを残したという感じがします。
 例えば今の世界情勢で言えば、イラクは凄く揉めています。
 北朝鮮も色々問題があります。
 そういう所へ出かけて行って、イラクの人たちに対して宗教的なものの考え方を説諭して、味方につけるか平定をしてくる。
 というような実績を王陽明は挙げたわけです。
 「山中の賊を破るは易く」・・・今の世の中で、戦争をしているような所、乱れきった所に出かけて行ってそれを平定するというのは、そんなに難しい事ではない、と言っています。
 世の中の人が「あれだけのどうしようもない匪賊を平定したのだから、王陽明は大変な人物だ」と褒め称えている時に、「匪賊を討伐平定するような事は簡単だが、心中の賊を破るのは難しい」と言っているわけです。
 これはグサッときます。

 「心中の賊」とは、自分の心の中でこういう事をやると決めて、周囲の人達がなるほどなと思う目標を立てたとする。
 でもこれらを進めて行く上には、自分の心の中で、自分の足を引っ張る存在が必ずあります。
 大きい仕事、小さい仕事を自分なりに大変な思いをしてやって行くわけだけれども、自分自身の心の中を考えると、色々まだまだ足を引っ張るものがある。
 それを片付けない限り、自分の心持ちだけでは事は成就しません。
 「心中の賊を破るは難し」・・・自分でこうやりたいと思う、又はやると意思表示をした、あるいは誰かに約束をした・・・必ず足を引っ張るものが心の中にある。
 自分自身が約束をしたもの、心に決めた目標物に対して、足を引っ張るものは何なのか・・・それを王陽明は「心中の賊」と表現をしたのです。

 山中の賊を破るは易し。心中の賊を破るは難し。・・・
 これは王陽明が弟子に対して送った文章です。
 私が匪賊を平定したのは、大した事ではない。
 しかし皆さん方が、心の中にある問題、自分でも氣が付かない、無意識のうちに自分自身の心の中にある癌細胞の如きものを見つけて、もしそういうものを綺麗にすることができたらば、積り積ったヘドロのような心の中にあるものを綺麗に全部一掃できたらば、(相手が自分自身だったり、家族だったり、自分が身を置いている組織であったり、国家全体に対しての動きであったり・・・人によって対象は変わるけれども・・・)そういう問題を全部綺麗にたいらげる事ができたらば、これは大変な業績だと私は思う。
 と書いています。
 多分これを送った時には、先生に対して弟子が何か色々と相談しているはずです。
 色々と相談をしている中で、「いや、その問題を綺麗に片付けることができたらば、お前は大した者だ。実際に私がやった匪賊を平らげる策ということは、お前の実績に比べれば大した事はないんだ」と、二つを比べています。
 「お前がもし今の問題を処理できたらば、大変な業績なのだと自分でも自覚しなさい。お前は大した者だ」と、先生が弟子に対してお墨付きを与えているようなものだと私は感じます。

 「山中の賊を破るは易し。心中の賊を破るは難し。」これは色々なものに応用できますから、覚えておくとよいと思います。
 その人の体験・知識・レベルに合わせて話ができるし、聞いている人も自分のレベルに合わせて聞けますから、色々な機会に話をする事ができます。
 例えば小泉総理大臣で考えましょう。
 「山中の賊を破るは易く」・・・イラクの人質問題を処理するのは、簡単なものなのだ。
 しかし「心中の賊を破るは難し」・・・総理大臣として、保守的な自分の身を守る、総理大臣のポストに連綿としてしがみ付いていたいという氣持ちが、色々な問題を後延ばし、後延ばしにして、結果として日本の国を悪くしている。
 だからあなたの「心中の賊」を片付ければ、日本の国が順調に進んでゆくのだ、と小泉さんに対しては言えるはずです。

 「心中の賊を破るは難し」・・・自分自身の心の中にあるしこりみたいなものですよ。
 言い方を変えると、私利私欲といってもよい。
 他人に自慢したい心とか、何か見せびらかしたい氣持ちとか、奢り昂ぶりの氣持ちとか、そういうものを全部「心中の賊」と言います。
 しかしそういうものがなくなったら、人間じゃなくなるという氣も致します。
 悟ったならばそういう部分がどう変わるか、私は不思議に思っています。
 悟った人の話はたくさんあります。
 しかしどうやったら悟れるか、<こうやれば悟れます>と書いてある書物は少ない。
 中村天風先生のお弟子さんが本にしている部分に、かなり具体的なものが出ていますので、そこらへんも参考にしながら、「山中の賊」を退治しつつやって行けば、自分なりに<悟る>という所に入れるのではないかと思っています。
 皆さん方に念押ししておきたいのは、自分の心の中にある「心中の賊」は一体何なのだろうか、奢りだとか、昂ぶりだとか、見せびらかしたい氣持ちだとか、自慢したいという氣持ちだとか・・・これらは皆欲だから、凄く良い事なのだけれども、他人を蹴落として、蹴散らしてでも・・・という部分をよく考えて欲しい。
 尚且つ、いったい自分にとって「山中の賊」は何だろうか・・・具体的なものをイメージできるかどうか、よく考えて欲しいと思います。

 例えば私が会社の中で考えると、「山中の賊」は、最近で言うと入札です。
 今シムックスは入札の時期で、件数でいくと分からないほど仕事が増えました。
 仕事が増えたけれども超薄利超多売ですから、仕事をとって仕事をこなした結果大赤字になるという事になりかねない。
 そう考えると、私からすると「山中の賊」は官公庁ですね。
 普通の民間のお客様は良いのですが、或る官公庁の場合は、最初から25%ダウンというような予算を組んでいるから、不調の連続です。
 辞退続出になります。
 最賃法を全く無視して、官公庁は仕事を出しているのですから、これは賊ですよ。
 「山中の賊」です。
 法律を守らないで仕事をやれと言っているわけですから、その官公庁は日本の中に、害毒をばら撒いていると思います。
 これは国も同じです。
 年金しかり、私は完全に国が詐欺を行っていると思っています。
 年金の場合は、最初は積立方式で始めたわけです。
 積立方式でやって、いつの間にか賦課方式に変わった。
 賦課方式というのは、積み立てしたお金がなくなってしまったから、あなた方の子供とか孫に加入して貰い、そのお金であなた方に払います≠ニいうものです。
 賦課方式にした時に法的な裏付けがあったのかなかったのか、いつ賦課方式に切り換えたのかという事は、一切発表していない。
 これを民間がやったのならば、完全に詐欺になると思います。
 民間の生命保険会社で、年金スタイルの生命保険を売りました。
 それを買って、お金を積み立てました。
 そしたら保険会社が全部お金を使い込んでしまって、払えなくなったから、あなたの子供や孫を強制加入させて、そのお金であなたの年金分を払います≠ニ言ったら、完全に詐欺で、逮捕されて当たり前の話です。
 国がやったから、何となくそんなものかな≠ニ思っているだけであって、まともな考え方でいけば、国は明らかに詐欺行為をしていると言えないでしょうか。
 この間、榊原英資氏が書いた『年金が消える』という本を読みましたら、詐欺と書かないで欺瞞と書いてあった。
 日本語とは便利ですね。
 詐欺も欺瞞も似たようなものだろうと思います。

 今私は日本の国民として、また一私人として考えて、国・官公庁に対して疑惑の眼を持ってみたら、それらの問題点そのものが自分の「山中の賊」だと思っています。
 また会社の中の色々な問題点も、「山中の賊」としてとらえられる。
それから個人・家庭、・・・これらは「心中の賊」という分類をして、はっきりと<自分が退治しなければな らない賊は何なのか>明確に意識をする時期ではないのかと思います。
 本日の例会のテーマは「10年後を予測する」でしたが、10年後の夢を考える時に、賊を明らかにしてその賊を平定してゆけば、10年後の夢に直結するのではなかろうかと感じています。
 以上で本日の悟道会陽明学講話を終了させて戴きます。
 有難うございました。