基本を申し上げます。 少にして学べば則ち壮にして為すことあり 壮にして学べば則ち老いて衰えず 老いて学べば則ち死して朽ちず
言志四録は、少・壮・老・・・俗に言う<三学戒>が基本です。 ちなみに言志四録は、儒学の朱子学と陽明学が混在して入っている書物です。 佐藤一斎という方は、看板は朱子学、中身は陽明学と言われています。 なぜならば佐藤一斎が生きた時代は、朱子学が国学ですから、陽明学は異端の学問でした。 朱子学的勉強方とは、四書五経を読んで隅から隅まで暗記をする仕方です。 ただひたすら読んで、行間まで読めと言われています。 一所懸命読んでいる間に、意図が見えてくるということです。 『言志四録』は、佐藤一斎が42歳の時から書き始めたものです。 当時から考えると、もう結構な年齢ですね。 42歳から約40年間で言志四録の4冊を書いたわけですが、その書いた動機は何だろうかと考えてみました。 『言志録』・・・自分の志を立てたものの記録です。 志を立て、「かくありたい・・」と願って、自分の目の行き届く所、考えられるものを皆一所懸命考えて、目いっぱい書いたものが『言志録』です。 最初11年間書いて、やれやれと思ったらば、また次に無性に書きたくなって書いていった。 その繰り返しが3冊あったわけです。 今で言えば、エッセイみたいなものでしょうけれど、自分の志の記録ですから、一所懸命自分で「こうありたい」と願ったものを言葉にして残したのですから、言い足りないことや書き足りないことは常にあったのだなと思うのです。 それを自分で考えて書いただけではなくて、お弟子さん達に見せて、ディスカッションして書いているわけですから、相当念入りに書いています。 相当氣合いを入れて『言志四録』を書いていますから、明治・大正・昭和の始めの頃まではベストセラーで、知識階級の必須の本だった事が頷けます。 日本人がこの『言志四録』を読んだ理由は、やはり朱子学と陽明学が混沌として日本人の考え方の中にしっかり根付いていたので、受け止めやすかったのだなと感じました。 『言志四録』を自分達の人生で考えてみます。 少については、とにかく小さい時に何も分からなくても良いから、中身を解説する必要はないので、本を1冊渡しておけば良いと思います。 その氣がある子だったらば、読むでしょう。 親の背中を見て行きます。 壮という年代は、老年の自分を想定しての準備段階と考えてよいと思います。 そういう眼で『言志四録』を見ると、「老年はこうありたいな・・」と思うような部分が随所にありますので、やはり色々な角度から色々な読み方をすると楽しいですね。 西郷隆盛は自分の好きな文章を選んで、書き抜いて常に持って歩いたと言いますが、老の時代は、自分なりの好きな『言志四録』の楽しみ方をするのも良いのではないかと思います。
では、『言志録』のエキスに入ります。
一.言志録 (1) 太上は天を師とす 太上は天を師とし、其の次は人を師とし、其の次は経を師とす。
どのような場面・イメージが浮かぶか考えて下さい。 「自分のお師匠さんは・・」と自分で自分に声をかけてみた時に、天地自然、自然の真っ只中がイメージされてくるのか。 どなたか人物が目の前に出てきて、その先生と何やら話し合っているようなイメージが浮かぶのか。 それとも、書物の山の中に埋もれて、書物と格闘している自分のイメージが浮かぶのか。 つまり、人さまと話をした後に、何らかのイメージが浮かぶか。 書物を読み終った後に、それなりの場面・イメージ頭の中に描き出されるか。 そのような観点で、この文章を読んで欲しいと思います。
暗記をして自然と口ずさんだ時に、舌の先でその言葉を転がしていると、必ず頭の中にその場面が出てきます。 勉強の段階と同じです。 学ぶ者のレベルを3つに分類してみましょう。 最初は一所懸命読んで暗記することです。 その次は、感情を移入していると、イメージが湧いて出ます。 イメージが出てくれたら、必ず先へ進んでいますから、しめたものです。 その次の段階は、イメージの中に自分が入って、会話が始まります。 そういった段階を経て、学問が身に付いてゆくわけです。 そこまでは私も体験していますが、その先の<悟る>という段階が分かりません。 朱子学的勉強で言うと、まだ読み方が足りないからだ、となる。
太上は天を師とし、其の次は人を師とし、其の次は経を師とす。 これを陽明学的勉強方法で考えますと、<学んだら体験する事だ>となります。 天地自然が浮かんだのなら、そのイメージの中に自分を置く。 そこで必死になって考える、体験する。 イメージの中に自分の身体を移動させる。 人が浮かんだのなら、その人が生きている場合は、すぐにその人に会いに行く。 亡くなっていたら、そのゆかりの場所に行く。 書物に埋っているイメージが浮かんだのなら、その書物の中に自分の身を置く。 陽明学的勉強で考えると、とにかく<即、動く>です。
(2) 真に大志有る者 真に大志有る者は、克く小物を勤め、真に遠慮有る者は、細事を忽にせず。
大きな志がある者は、目の前の小さなものに動かされない。 考え、はかりごとがある者は、目の前の小さなことも手抜きはしない。 この文章を読んで、何をイメージするか? 私は赤穂浪士が浮かびました。 人によって色々なイメージがあると思います。 イメージが浮かんだ時に、この人は大きな志を持っていたなと思ったらば、現在生きている人であったら、そこに会いに行けばよい。 歴史上の人物だったら、縁の地を訪ねて、亡くなった人の魂と対話をすればよい。 とにかく動かなければ始まりません。
(3) 知足 分を知り、然る後に足るを知る。
このイメージとは、食事をしている時のことですが、私は中国の王侯貴族の人達のイメージが浮かびました。 たくさん食べて、お腹いっぱいになっても、もっと食べたいと思うと、口の中に指を突っ込んで中身を全部出して、また新しいものを食べている。 その繰り返しをしたのです。 なぜそんなイメージが浮かんだのかな? 私は心を穏やかにしている時は、「分を知り、然る後に足るを知る」というのが、この『言志録』の中で、一番重要な大きな比率だものですから、色々な角度から考えています。 (4) 眼を高くつけよ 着眼高ければ、則ちを見て岐せず。
このイメージは、山登りをしていて道に迷った場面が出てきます。 必ず高い木に登って全体を見渡せば、間違いはしないと言います。 それがすぐにふっと浮かんできます。 あとは、歴史上の戦争の時の状況が浮かんできます。
(5) 花−已むを得ずして発するもの 已むを得ざるに薄りて、而る後に諸を外に発する者は花なり。
昨日は金山の平和の塔のコースを行きました。 寒椿が真っ赤に咲いていました。 一昨日は上野の牡丹園に行きました。 牡丹というと肉厚なイメージがあったのですが、そこに咲いている牡丹は花びらが薄くて弱々しげで、はかなげな花が並べてありました。 それを見た時に、「已むを得ざるに薄りて、而る後に諸を外に発する者は花なり。」と思いました。 人間はここまで手を加えたか・・と思いました。 已むを得ざるに薄りて咲くのが花なのに、人間が色々な手をかけて、人間の好みに合わせた花を作らせていた。 これはおかしいなとつくづく思いました。 その牡丹を見て連想したのは、人間は今<終りの始まり>だという言葉です。
今、鳥インフルエンザや狂牛病、SARSだと、騒がれています。 動植物を皆人間が管理して、人間が食べやすいように加工したり、改良しているわけだから、自然界の摂理とは大分違うわけです。 こう考えてみると、「分を知り、然る後に足るを知る。」という世界に入らないと、人間は自分で自分の首をしめることになるでしょう。
以上で本日の人間学講座を終了させて戴きます。
有難うございました。
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